人気ドラマも多数手掛ける鯨岡弘識監督 自主制作映画が『ぐんま次世代映像クリエイターコンペ』最優秀賞で奥田瑛二も絶賛 クリエイターとしての挑戦と大切にしていることは?
2025.3.10 17:00
鯨岡弘識監督が脚本・演出・音楽を手掛けた自主制作映画『ものがたりの予感』が、群馬県が開催する『ぐんま次世代映像クリエイターコンペ「Gunma Next Generation Filmmaker Competition 2024」』(以下、GNGFC2024)で最優秀賞を受賞。株式会社日テレアックスオンに所属し『それってパクリじゃないですか?』、『ゼイチョー』、『街並み照らすヤツら』などのドラマを演出。今夏公開の映画『青春ゲシュタルト崩壊』でも企画・演出を手掛けるかたわらで、自主制作で映画を撮る理由、コンペ応募のきっかけから、クリエイターとしての展望まで聞いた。
【『ものがたりの予感』あらすじ】
考古学を研究する大学講師・中山康二(46)は、 県の依頼により千年以上前の遺物を見つけるべく、冬の沼で発掘作業に参加していた。ある日、「その沼に“ビー玉”を落とした」という少年と出会う。それは、康二の人生をほんの少しだけ変えるかもしれない物語となっていく。

――多忙な中、今回自主制作でコンペに応募した理由は?
鯨岡監督:ノルマというわけではないのですが、年に1~2本は自分で脚本を書いて製作するということを続けています。本作は群馬県から100万円の制作支援金がある企画の公募だったので、厳密には自主制作ではありませんが、ゼロイチで物語を作るチャンスだと思い、応募しました。
――『ものがたりの予感』を製作するに至った経緯を教えてください。
コロナ渦中に出会った俳優の加藤亮佑さんに誘われて、加藤さんの地元である群馬県館林市〜邑楽町〜千代田町を巡ったのがきっかけです。その館林市と邑楽町にまたがる「多々良沼」が今回の映画の舞台です。実は数年前、この沼が日本遺産(文化庁が地域の歴史的魅力や特色を通じて国の文化・伝統を語るストーリーを認定するもの)に制定されました。この場所で、1000年以上前から製鉄が行われていたという伝説があったんですが、それもつい最近2年前に本当だったと証明されたんです。
これまで「ただの沼」だと思っていた場所に、実は1000年以上前から物語があったかもしれないという発見を知ったことが、この映画を製作するきっかけになりました。今回、撮影した沼も“カナクソ”という当時の製鉄を作る際の“鉄のゴミ”が、実際に見つかった場所なんです。役者さんも主演の男性と女性の2人以外は、実際に本当に見つけたメンバーに出演いただきました。

――そんなエピソードがあるなら、別で作品になっていたりしないんですか?
ないみたいですね。実は群馬県で映画を撮るとなると、みんな山側に行きがちなんです。キャベツ畑や温泉とか。でも今回は、平野部の館林市にスポットを当てました。
主人公の父役を演じる大竹さんは多々良沼のほとりがご実家で、「平野の映画ばかり賞をとっていいのか」と冗談を言っていました(笑)結果的に、館林市の方々にはすごく喜んでいただけたと思います。
――企画から撮影までのスケジュール感は?
去年の8月に企画を立ち上げ、9月初めに企画審査がありました。結果が出た9月末から本格的に動き始め、11月から撮影準備、12月に二日半で撮影を行いました。編集には1か月をかけ、完成させました。
蓋を開ければ、支援金100万円という制作費にピッタリと収めて、制作を終えられました。今回は群馬県事務局の方が、スタッフの紹介や、ロケーションにおけるアドバイスを無償でしてくださったこともあり、低予算ながら不便のない制作になりました。
実際に発掘作業をしていた館林市教育委員会のメンバーが、発掘作業者の秋村役やエキストラ、小道具の協力、レポーター役にはケーブルテレビ館林のアナウンサーの方も出演してくれました。群馬県立館林美術館や多々良沼のロケにも、現地の方々が全面協力していただけたおかげで、潤沢な環境を築くことができました。

――映画のタイトルはどのように決めましたか?
館林市にロケハンに行ったとき、群馬県立館林美術館で『ものがたりの予感』という企画展をしていました。常設展で今まで展示していた作品を「ものがたり」と結び付けて、企画展として配置し直すという内容で、「ものがたり」と結び付けた瞬間に作品の見え方が変わるっておもしろいなと思って。ロケハンに行ったタイミングで『ものがたりの予感』という企画展に出会えたことに縁を感じて、そのままタイトルをお借りしました。
――脚本でこだわった点は?
脚本の構成上、要素を足していき、最終的にその要素を結びつける作り方を今までほとんどしていませんでした。なので今回は、あえて分かりにくい所から最後に点になるような構成にチャレンジし、仕上げました。

――「探せば探すほど諦めるのが難しくなる」というセリフが印象的でした。個人的にそういった思いをしたことがあるのでしょうか?
このセリフは唯一最後まで、主人公・中山に言ってもらうかずっと悩んでいました。中山の父は、打算的で諦めの早い人だったんじゃないかという人物設定をしていて、その父に同じようなことを言われたことがあるんじゃないかと考えていました。このセリフは曖昧で…難しくなるけど、諦めちゃいけない時もあるという、その自問自答のセリフにしたいと思い、曖昧な置き方をあえて最終的にしました。
――撮影でこだわった点は?
映画の中でビー玉を撮るシーンがあったので、「マクロレンズ」という花を撮るための寄り用のレンズを使いました。世界が180°収まるフィッシュレンズ(魚眼レンズ)なども使って撮影しました。
今回はシグマさんというメーカーが、機材タイアップしてくださってて、レンズを全部貸していただきました。魚眼なのに描写力が高いという意味で、やっぱりすごいなと思いました。本当にちゃんとキレイに映りました。

――音楽も作られているんですか?
はい、実はバンド活動もやっていて、映画が好きになったことがきっかけで音楽も作るようになりました。パソコンで作ることが多いですけど、自分で楽器を弾いて、それを宅録することもあります。
――自主制作の映画はどのくらい作られているんですか?
学生時代から年に1~2本ペースで10年以上作り続けています。以前は岐阜県郡上市を舞台に、盆踊りを題材にした『おどりなき夏』という映画を作りました。コロナ禍で実際に行けなくなってしまったんですが、低予算で現地の協力を得ながら作ることができました。
――自主制作を続けるモチベーションは何ですか?
旅行が好きで、色んな場所に行くたびに「ここで物語を撮りたいな」という感覚が常にあります。でも、ちゃんとした映画を撮ろうとすると予算的にハードルが高いので、まずは実験的に色んなスタイルで撮ってみたいという思いがあります。自治体と組んでやることもありますし、完全に自費でやることもあります。完全に自費の時は、技術も含めて自分で担当したり、知り合いの俳優を集めてやるので本当にお金をあまりかけずにやっています。

――自主制作をすることで、仕事に繋がったことはありますか?
『ショートショートフィルムフェスティバル』という、俳優の別所哲也さんが主催している映画祭があるんです。日テレアックスオンに入社して2~3年目の時に3日間連続で休みが急にあって。そこで、その期間に伊豆大島でショートフィルムを撮影したんですが、その作品が、『ショートショートフィルムフェスティバル』で入選してすごく嬉しくて。自分のスキルアップにもなりますし、どんどん作品を作るようになりました。そこからブランデッドムービー(企業がブランドイメージの向上を目的として制作する映像)を作ることになったり、仕事に繋がったりもしました。
――自費も投じて作品を作るうえで、家族から何か言われたりはしますか(笑)?
私は妻とは学生の頃の10年以上前に出会っていて、その頃から妻も監督を趣味でやっていました。妻は本業は別の仕事をしているんですけど、今も自主映画を撮っているので、理解してくれています。今回は都合もあって参加できなかったんですが、僕が自主映画を作る時は妻も手伝ってくれて、逆に妻が監督をするときは僕が手伝いに行くこともあります。

――作品作りをする上で常に意識されていることは?
自分がしたことのないチャレンジを毎回一つはすることです。機材や段取りの方法など、どんなに些細なことであっても、毎作何か新しいことに挑戦しています。
――作品を作るうえで、自分のテーマみたいなものはありますか?
自主制作も仕事での作品も、(初夏公開の映画)『青春ゲシュタルト崩壊』もそうなんですけど、どちらかというと、極端なキャラクターにしたくないのは自分の中にあって、その人物の「機微」、感情の機微みたいなのをどこまで撮れるかみたいな、それが一種、物語やその人のキャラクターが、見る方にとっても強度につながる部分だと思うので、最終的にそこはすごく大事にしています。
――尊敬しているクリエイターはいますか?
台湾の映画監督・侯孝賢(ホウ・シャオシェン)さんは尊敬する監督の一人です。大学時代に侯孝賢監督の『悲情城市』や『恋恋風塵』という映画にハマりました。侯孝賢監督の作品は、大きい時代のうねりの中にある、すごくパーソナルな物語を描いてることが多いです。政治的な運動の中で、結ばれなかった2人とか、自分がそういったパーソナルな映画が好きだということに気付かせてくれたのが、侯孝賢監督の映画だと思っています。自分が創作に困った時、立ち戻る作品群でもあります。
――今回の自主映画『ものがたりの予感』の話に戻りますが、作品完成披露試写会で、審査委員長の奥田瑛二さんからはどんな言葉がありました?
奥田さんは映画監督もされているので、今回監督の目線で見たとお話しされていました。経験値がすごい方なので、出役のことも監督のことも分かって、100万円という予算でやらなければいけない苦労も分かる中、奥田さんは「この映画には欠点がない。群馬でぜひ作品を作ろう」と言ってくださいました。
奥田さんがおっしゃっていたことで、「ビッグバジェット(大きい予算で作品を製作)で数十億、数百億かけた海外の映画と、日本の数百万、数千万の映画がレッドカーペットでは肩を並べて歩くんだ。本当に映画っていうのは予算じゃない。それに挑戦しなきゃいけないんだぞ」と。予算がない中で工夫をして作る能力って、叩き上げていかないと手に入らないというか。予算があることに慣れちゃうと、それはそれでアイデアが枯渇していくし、常に今あるもので何かを撮ることを考え続けていたら、予算がある時とそうでない時と、両方に生きるときが絶対に来るって実感することがあります。なので常に自主制作という枷(かせ)を自分に課して、その中で物語を作ることを続けていきたいと思っています。

――今回の映画を通して伝えたいメッセージは?
30代40代、仕事に打ち込みたい時に、自分の人生で気にしなければいけないことがどんどん増えいくと思います。家庭環境が変わったり、そういう出来事も踏まえつつ、自分の好きなものがある人は、40代50代、自分の人生の転換期に前向きになれるような作品になっていればいいなと思います。誰しもが持っている“小さなざわめき”のようなものを消化して次に迎えるような、そんなメッセージになっていれば嬉しいです。
――今後も通して、監督として目指していることは?
パーソナルな制作と、ビッグバジェットを常に横断できるような、多様な作品性を演出できる監督になりたいと思っています。
『ものがたりの予感』2025年4月12日(土)一般向けの上映会を館林市文化会館小ホールにて開催予定
【鯨岡弘識(くじらおか・ひろのり)Profile】
1993年兵庫県生まれ。株式会社日テレアックスオンに入社。Branded Movie・映画・ドラマなど多岐にわたるフィールドで活躍。ショートフィルム『Key』(20)脚本・監督・編集・グレーディングで「New York Cinematography AWARDS Grand Prix」IMDb公認映画祭にて最優秀監督賞/作品賞。WOWOW『文豪少年!』(21)第1話演出にて2021年度ATP賞奨励新人賞受賞。日本テレビ系ドラマ『それってパクリじゃないですか?』(23)、『ゼイチョー』(23)、『街並み照らすヤツら』(24)監督。
2025年初夏公開『青春ゲシュタルト崩壊』(主演:佐藤新(IMP.)、渡邉美穂)の企画・監督も務める。
【GNGFC2024】
群馬県を撮影地または舞台としたショートフィルムコンペティション。
136名の応募から「企画審査」を通過した10組のクリエイターに、「作品審査」のために制作資金100万円を支援し、映像制作を徹底サポート。2025年2月に作品完成披露試写会で、審査委員長に俳優・映画監督である奥田瑛二を迎え「最優秀賞」「ぐんま次世代クリエイティブ賞」「入選作品」が決定した。