毒舌王・永野×成田悠輔 「成田さんの良いとこ言いましょうか」からの「止めたら?自分を守るの」
2024.8.9 18:00毒舌キャラで復活を遂げたお笑い芸人・永野が「ほんと良くないですよ。成田さん」と初対面の成田悠輔をぶった切った。成田がMCを務める対談番組『夜明け前のPLAYERS』での一幕だ。SNSでは「ここまできれいなストレートアッパーを成田さんに喰(く)らわせた人は、永野が初めてじゃないか」「永野最高だよ」と拍手喝采が起こった。
「人を攻撃するわりに、めっちゃ自分を守るじゃないですか」
「成田さんの良いところ言いましょうか」。対談の最中、永野が突然言い出した。「素直ですね。意外と」
永野は成田のことを、マウントしてくるタイプの人間だと思っていたようだ。「会ったら“(成田さんって)良い”って人、多いですよね。たぶん、写真だけ見て成田さんのことを嫌いな人いっぱいいると思いますよ」と指摘。うなずきながら成田が「顔出し、止めたほうがいいですかね」と発したところ、その一言が永野の毒舌魂に火をつけた。
「顔出しって……言い訳止めて!そのメガネの。ほんとうは格好いいと思っているんでしょ?止めたら?自分を守るの。人を攻撃するわりに、めっちゃ自分を守るじゃないですか」といっきに総攻撃をかける。二の句が継げない成田は爆笑しながら、ただただうなずくのみだ。
さらに永野は「自分は自分なりに告白しているのに、何でギリギリで部外者ぶるの。あれ、止めたほうがいいですよ」と吠(ほ)える。
というのは、それまでのトークで永野は、テレビ業界にトラウマがありつつもテレビに出たかったという思いを吐露していたのだ。自らが受けたぞんざいな対応を、成田も受けたことはないかと聞いた際、成田は「覚えがない」と答え、自分は部外者だからと突き放した。それが永野には不満だったようだ。
成田が「一線越えているように見える安全地帯が好きなんですよ」と開き直ると永野は「ずるいですよ。ほんと良くないですよ、成田さん」とマジな説教を始めるのだが、成田はなぜだか笑い続け、うれしそうだった。
先出の“そのメガネ”の話も根っこは似ている。
“青と赤の衣装はなぜ?”と成田から質問された際、素直につまびらかに答えていた。一方永野が「その“欲しがってる”メガネ何なんですか」と成田に聞くと、成田は「何も考えずにプライベートで着けていた」と答えたのだ。永野はその答えを言い訳だと言う。
(メガネのことを聞かれて)「これ格好いいと思って。四角と丸、良くないっすか?って言ったら俺ちょっとグッと来たんですけど」とたしなめ、対談の冒頭だったため「正直最初、初対面だから言えなかったですけど、何の話聞かされているんだろうってなってましたよ」と毒を吐いた。
20年後のテレビは“空っぽ”、配信は“本気”がいっぱい?
永野はテレビ業界についても同様の見方をしていた。「そういう言い訳をしているヤツばっかりじゃないですか」と力説、テレビがメタフィクションだったり、エモーションに傾きすぎだと話す。「メガネの言い訳と一緒で、格好いいって最初から言えよ。テレビが成田化している」と指摘。成田も「言い訳と説明の余地を残して、内輪でローカルの解釈で喜ぶみたいな」と永野の言葉を拾って続けた。
成田から20年後、30年後のテレビはどうなっていると思うかと聞かれ、永野は「空っぽなものになるんじゃないですか?ただ流れているような」と予測する。全部が通販番組のようになるのかもしれないという話が上がり、成田も「確かに、バラエティー番組や情報番組がほとんどPR案件とネットのつまみ食いの組み合わせたみたいな感じになっている」と納得した。
永野の考える鍵は“本気度”のようだ。「だから、炎上系ユーチューバーとか、そういう人のほうが100でやっているから見たくなりますよね。俺もう、YouTubeでアウトローラッパーとかフーリガンのケンカとかしか見ないもん」と吐露。仲の良い錦鯉がM-1で優勝した際「優勝は感動したんですけど、マサノリさん(錦鯉の長谷川雅紀)が泣き出したところでテレビ消して、フーリガンのYouTube見てました」と笑わせた。
成田も「確かに、本気ネタがあふれてますもんね」と同意。ただ、成田の視点はもう少し角度が違うようだ。例えば、トランプ元大統領のようなポピュリスト政治家たちがパロディ映画の登場人物のような奇抜な発言をし、炎上系ユーチューバーたちも逮捕されるまでやり続けるという状況をして“本気”と呼び、彼らのほうがガチなコメディをやっていると言う。
「本気のコメディアンや本気の芸人が現実世界で見えるようになったから、テレビという箱庭の中で行われているプロ芸人は何の価値を提供できるんだろうか」と成田の疑問に永野も的確な答えは出せなかった。
これからの芸人は、芸をしないことが芸
成田は、万人に開かれているという意味で配信を“総合格闘技の世界”と呼び、対するテレビを“村社会”だと分析した。
「村民が認めた人しか入れないじゃないですか」と成田が言うと「あっ、そうか。俺、配信のほうが村社会だと思っていた」と永野。テレビは見る気がなくても目に入ってしまうが、配信はクリックしなければいけないというアクセス環境を軸にした見方だ。
それについても成田は「500万人に届くテレビ番組なんて数えるくらいしかない。数百万PVの配信と普通のテレビ番組はトントン」とテレビと配信は見ている人数に大差がないと説明。むしろ、クリックした人にしか届かないのは、熱量のある人に届いているという見方を示した。
そこで問題なのはビジネスとしての芸だ。みんなが配信できるがゆえに「芸人さんがすごく面白い配信をして数百万PVを出しても、その人が食べていけるかどうか程度」と計算し、ビジネスとしての芸はいっそう厳しい時代に入るのではないかと予測する。
どうしたらいいかと助けを求める永野に成田は、芸でPVを稼ぐような競争はレッドオーシャンなので地獄だとし、コミュニティーの形成が大切なのかもしれないと答える。「その人と握手するためだけに何千円でも払いますという人が数千人いたら、成立するじゃないですか。そういう人のコミュニティーが肝なのでは」と持論を展開。「いかに何もしないか、という芸が問われている。お笑い芸人の未来は、笑いをとらないこと」と語る。
永野は感嘆の息をもらすばかりで答えがでない。ただ、アプリや配信のおかげで誰でもミュージシャンになれる今の時代、ミュージシャンは楽曲を買わせる力よりも、グッズを買わせる謎の力の話に反応。「何もやっていないし、価値も分からないけれど、その人にお金を払いたくなっちゃうような力をどう作りだすかというのが大事」という成田に「それって健康的かもしれないですね」と永野。「それって持って生まれた才能じゃないですか。それはいいことかなって僕は思います」
そこには理由がある。賞レースが定着したお笑いの世界はスポーツ化しトレーニングされている。優秀な人はある程度磨けば、ある程度の漫才ができるようになると言う永野から見て最近の芸人は“普通の子”が多いのだそうだ。「漫才とかものすごいけど、(それ以外にも)何でもできる。自分みたいな社会不適合者がいないんですよ」と永野。「(持って生まれた才能の)時代がもう一度来るのかな」とつぶやく成田に「来てほしいですね」と語った。
本対談は『夜明け前のPLAYERS』公式HPでノーカット版が、公式YouTubeでディレクターズカット版が配信されている。
「夜明け前のPLAYERS」
公式HP:PLAY VIDEO STORES
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