柿澤勇人が二面性の体現に初挑戦 新キャストが加わった新生ミュージカル『ジキル&ハイド』はロックだ

2023.3.13 16:00

ブロードウェイ・ミュージカル『ジキル&ハイド』は1990年以来各国で上演され、日本では2001年、鹿賀丈史主演による初演から上演を繰り返している。5年ぶり8回目の再演となった今年は、主演が2代目の石丸幹二から柿澤勇人へバトンタッチされる節目となり、石丸のヘンリー・ジキルと柿澤のヘンリー・ジキル、両方を観られる稀有(けう)な年となった。柿澤による公演初日直前に行われたゲネプロの様子から、誰よりも若い柿澤ジキルが織りなす『ジキル&ハイド』を少しだけお伝えしよう。

■柿澤が生み出したジキル博士は、ちょっとヤンチャでロックな青年だった

物語は19世紀の英国ロンドン。1886年に出版されたR.L.スティーヴンソンの怪奇小説『ジキル博士とハイド氏』を原作に、人間の善と悪の分離に挑んだ若き医師ヘンリー・ジキル博士の、愛深きゆえの破滅を描く。

きっかけは精神病棟に収容された父への愛だ。狂気の世界から昔の父を取り戻したい。誰もが持つ善と悪の性格を分離し、悪を消し去れば実現できるとの信念で薬を開発するジキル医師は、仕上げとしてわが身を実験台に実証を試みる。それを機に街では残忍な殺人事件が頻発。犯人はジキル博士の中に生まれた新たな人格、エドワード・ハイドだった。

『ジキル&ハイド』は、一人の俳優が二つの人格を演じる様が見どころの一つだ。だがそれは、俳優にとって凄まじい己との闘いにもなる。柿澤も「これほどまでに身体と心、そして喉を酷使するとは、思っていませんでした。初演の鹿賀丈史さん、2代目の石丸幹二さんがこの作品をお一人で務められていたことが、今でも信じられません。人間の二面性を体現するということが、それほど果てしない道なんだと感じています」と語っている。

柿澤が演じるジキル博士は、19世紀に生きる医師であり科学者でありながらも、隣に座っていそうな青年でもあった。思いにまっすぐで自信がみなぎっているが、自らの研究を理解されず、それどころか自分を神とでも思っているのかとののしられる。

嘲笑され前に進めない苛立ちや権力に対する不満、偽善者への嫌悪を隠しきれない柿澤のジキルは、「若いね」とこちらからも諭してしまいたくなるような、ちょっとヤンチャでロックなのだ。これは今までにはない、柿澤が生み出した新しいジキルの人物像だ。

直近の大河ドラマで柿澤が演じた源実朝とはまったく違う。演技の幅広さに驚かされる一方で、劇団四季時代から数々のミュージカルでアグレッシブな役柄を演じてきた柿澤の持ち味なのだともうなずける。

■新しいキャストが起こす化学反応から、『ジキル&ハイド』の新たな一面が育つ

生意気さも兼ね備えたジキル博士の言動は波及し、相手役にも化学反応を起こさせる。4度目のサイモン・ストライド役を演じるベテラン、畠中洋との対立では、ほんとうに目の前で小競り合いが始まったように見える。優れた役者同士の演技のキャッチボールから生まれる、一期一会のシーン。これこそが舞台を体感する面白みだ。

さらに柿澤ジキルのエッジを輝かせるのが、初出演の上川一哉が演じるジキル博士の親友、ジョン・アターソンだ。劇団四季時代の先輩後輩にあたる柿澤と上川のやり取りはリアルで、時にコミカルで心躍るのだ。演出の山田和也が「“ジキルと(その友人)のアターソンの友情”を今まで以上にしっかりと描いてみたくなった」と語るように、観客は演出の心地よさにはまってしまう。

もう一人、柿澤ジキルの新しい一面を引き出すキーパーソンがいる。桜井玲香が演じるジキル博士の婚約者、エマ・カル―だ。桜井も今回が初出演。乃木坂46卒業後は映像、舞台と活躍の場を広げミュージカルでの経験も重ねている。美しく自立的でいて心優しく、強い意志を持つ。桜井が演じるエマはそんなロック魂を持っている。そして、そんなエマの前で柿澤ジキルは甘えた少年に変わる。

物語前半で描かれるジキル博士とエマの姿は、キラキラした愛にあふれかわいらしい。すねて見せる、互いの頬に軽くキスをする。別れを惜しむ、ハグをする。一つ一つの所作に二人の愛情表現がぴったり合う。それがゆえに観客は、後に訪れる恐ろしい展開に心動かされ、それぞれの立場、感情の変化に大きく心打たれることになる。

目を見張るのは、こちらも初出演、元宝塚雪組トップ役の真彩希帆だ。

善悪分離の研究で頭がいっぱいで、国家権力にも立てつこうとするジキル博士の頭を冷やそうと、親友アターソンがジキル博士を売春宿“どん底”に連れて行く。そこで彼らが目にするのが、真彩演じる場末の娼婦(しょうふ)ルーシー・ハリスたちのにぎやかなショーだ。

2021年の宝塚退団後も抜群の歌唱力で活躍する真彩は、舞台を手中に収めているように見えた。共に踊るキャストは魔法にかかったかのように、真彩の声に、踊りに反応してパワーをみなぎらせショーを盛り上げていた。

さらに真彩は、娼婦(しょうふ)ルーシーの新しい一面を披露した。ジキル博士を訪ねた帰り道、自身の中に芽生えた初めての恋心に気づき『あんなひとが』を歌うルーシーはとてもキュートなのだ。欲望の世界で娼婦として生きるルーシー、人生を諦めたようにも見える彼女が、本来持っていたであろう娘らしさを随所に散りばめた真彩のルーシーは新しい。

■新生『ジキル&ハイド』には、柿澤の挑戦と実験が詰まっている

ジキル博士の人格から分離した柿澤が演じるエドワード・ハイドは、リアルだった。声、表情、振る舞いは明らかにジキル博士とは違う。しかしそこには、ジキル博士が見え隠れする。善と悪を分離する薬を飲み、のた打ち回るほどの痛みを経た末に得るのは精神の自由。そう伝えているように見えた。

柿澤のジキルにはそれまでも、いつ爆発してもおかしくない危うさがあった。ずっと心の中に飼っていた狂気の野獣を解き放っただけ。観客が想像する“変貌”をいい意味で裏切る静かな物腰は、本物の狂気とはこういうものかもしれないと感じさせる。柿澤が言う「自分なりの解釈やアイデアを提案させていただいた」が、そこここに仕掛けられているのだ。

ハイドと化した柿澤は、何度か舞台中央にたたずみ歌う姿を見せる。スポットライトを背にハイドの眼差しの先には、オーケストラピットの指揮者がある。タクトの動きと柿澤の歌声が会話をしているように抑揚を紡ぐ。「この作品にはとてつもなくエネルギーを要するフランク・ワイルドホーンさんのミュージカルナンバーがありますので、その素晴らしさも物語と併せてお伝えしなければならないという課題に日々、向き合った」と柿澤は言う。

今年の『ジキル&ハイド』は、歩んできた道の違う新しいキャストがそれぞれの経験を駆使し、ベテランの役者や制作陣に挑んで築き上げた作品に見える。互いが呼応し、反応し合って練り出された新しい舞台。 「その先に見えるものが何なのか、今はまだ僕もわかっていませんが、それを楽しみに、自身の実験が成功するよう、日々頑張りたい」。柿澤の言葉が形になっていく様を、ぜひ劇場で観てほしい。

【公演情報】
ミュージカル『ジキル&ハイド』
●東京公演
2023年3月11日(土)~28日(火)
会場:東京国際フォーラム ホールC

●愛知公演
2023年4月8日(土)、9日(日)
会場:愛知県芸術劇場 大ホール

●山形公演
2023年4月15日(土)、16日(日)
会場:やまぎん県民ホール

●大阪公演
2023年4月20日(木)~23日(日)
会場:梅田芸術劇場メインホール

<キャスト>
ヘンリー・ジキル/エドワード・ハイド(ダブルキャスト): 石丸幹二、柿澤勇人
ルーシー・ハリス(ダブルキャスト):笹本玲奈、真彩希帆
エマ・カル―(ダブルキャスト):Dream Ami 、桜井玲香
ジョン・アターソン(ダブルキャスト): 石井一孝、上川一哉
サイモン・ストライド:畠中洋
執事プール:佐藤誓
ダンヴァース・カル―卿:栗原英雄
ほか

<スタッフ>
原作:R.L.スティーヴンソン
音楽:フランク・ワイルドホーン
脚本・詞:レスリー・ブリカッス
演出:山田和也
上演台本・詞:髙平哲郎
音楽監督:甲斐正人
美術:大田創
照明:高見和義
衣装:小峰リリー
ヘアメイク:林みゆき
声楽指導:ちあきしん
振付:広崎うらん
殺陣:渥美博
音響:山本浩一
指揮:塩田明弘、田尻真高
舞台監督:中村貴彦
演出助手:郷田拓実、小川美也子
プロデューサー:今村眞治(東宝)、 鵜野悠大郎(ホリプロ)

企画制作・主催:東宝/ホリプロ

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