石丸幹二はジキルかハイドか ミュージカル『ジキル&ハイド』で見せた身の毛もよだつ最後の変身
2023.3.13 13:00石丸幹二にとって最後となる『ジキル&ハイド』が、2023年3月11日に開幕した。
1990年の初演以来各国で上演されたブロードウェイ・ミュージカル『ジキル&ハイド』、日本では2001年の鹿賀丈史による初演を皮切りに上演を重ね、今年5年ぶり8回目の再演が実現する。一方、2012年から10年以上演じてきた石丸の2代目ヘンリー・ジキルは、今上演で見納めとなる。「年を重ねたことにより、人間のさまざまな側面についてのストックも増えたはず。存分に切り出したい」と語る石丸の姿を、初日公演直前に行われたゲネプロの様子からお届けしたい。
■「真っ白なジキル博士に黒いものがにじみ出る」 じわる変化を巧みに演じる
舞台は暗闇から始まった。ジキル博士の親友、ジョン・アターソン(石井一孝)の「われわれは誰も、二つの顔を持つ」と物語を語る穏やかな声が響く中、明かりがつくとそこは精神病棟。拘束着をまとった老人を前に、医師であり科学者であるヘンリー・ジキル(石丸幹二)が「心の働きをコントロールする薬がある」と訴えている。
その老人はジキル博士の父である。人間に潜む善と悪の性格を分離できれば悪を消し去ることができると信じるジキル博士は、昔の父を取り戻したいのだ。考えを否定されるも、「見捨てないよ」と父への思いを告げる静かな歌声が始まり、徐々に科学者としての一途な探求心が顔を出し、ジキルとハイドの物語がスタートする。
『ジキル&ハイド』は、1886年に出版されたR.L.スティーヴンソンの怪奇小説「ジキル博士とハイド氏」が原作だ。19世紀の英国ロンドンを舞台に、人間の表と裏、愛と欲望を、ジキル博士が自らを実験台に善悪の分離を試み、自身を制御できず破滅へと向かう姿を通して描く。
舞台の冒頭について石丸はこう語っている。「5年前の前回のジキルは色に例えるとグレーからスタートしましたが、今回は冒頭、真っ白でいたいと思います」。その言葉通り、研究に魅了される思いを歌い上げるジキル博士は、直向きな熱い思いを胸に秘めつつ、実直で調和を重んじる清廉な人物とわかる。
「それが(病院の)理事会で受けた衝撃やダンヴァース邸での人々とのやりとりによって、自分の中の黒いものがにじみ出していく。徐々にグレーが増したところで<時が来た>を迎える」と石丸が語るように、その後のジキル博士には、自分が信じる研究が受け入れられないばかりか嘲笑され、内面に湧き上がる怒りを抑えながら平静を保とうとする苦悶(くもん)が現れる。
ただその変化は、いわゆる舞台的なあからさまな表現ではない。日常の一コマのように自然な演技であるがゆえに、研究への活路を見出した時の、一歩を踏み出す決意と期待を表す代表的なナンバー『時が来た』を歌う石丸の晴やかさが際立ち、物語の展開をぐんと押し上げた。
■二重人格を描く『ジキル&ハイド』で さらにもう一人の人格を描く
研究への活路とは、周囲から反対された善と悪を分離させる人体実験を、ジキル博士自らの体で行うことだ。場面はジキル博士の研究室。地下にあるのだろう、古めかしく薄汚れた巨大な換気扇がゆっくり回り、対照的にカラフルに光る薬ビンが並ぶ。セットはこれまでと変わらないものの、光の怪しさが増しているようにも見える。
その中で、自身が開発した、人間の善と悪を分離させる赤い薬を飲み干すジキル博士。徐々に薬が体に影響をし始め、勝手に動き出す手指。合わせるようにオーケストラピットからピアノが跳ね、音と視覚で躍動が伝わる。さらに床に伏して苦しみもがく姿に、オーケストラが地を揺らす旋律で応え、悪意の象徴エドワード・ハイド氏が誕生。観る側も苦しくなるほどの緊張感だ。
ハイド氏の欲望に任せた残忍で悪魔的なストーリーが始まり、いよいよ『ジキル&ハイド』の本領が盛り上がる。善意のジキル博士を演じる石丸の顔と、悪意のハイド氏を演じる顔はまるで別人。石丸ジキル最後の変身、その変化には身の毛がよだつ。ただそれは、円熟の境地という言葉で納められない。なぜなら石丸は、ジキルとハイドが同時に体に表れる様を第三の人格として演じてしまうからだ。
2016年の再演の際に生み出したという、石丸独自の第三の人格。音楽に合わせ瞬時に交互に表れる別人の表情、声、しぐさ。石丸幹二がほんとうにジキルとハイドになってしまったのではないか、もしくは石丸幹二は二人いるのではないかと疑ってしまうほど変身のスピードは速い。その波動は観る者の動きを止めるほど強く、圧倒的だった。
■再演だが再演ではない ダブルキャストだからこそ味わえる楽しみが随所に
「私にとってのラストステージは、新たなキャストを多く迎え、さらに新鮮味が増し、魅力にあふれています」と石丸が語るように、今回の『ジキル&ハイド』は有終の美を飾る石丸と、新しく3代目ヘンリー・ジキルを担う柿澤勇人とのバトンタッチを意味する主演ダブルキャストなのだ。併せてほかのキャストもダブルキャストが多い。
ハイド氏を誕生させるきっかけをつくり、愛と欲望の象徴となる娼婦(しょうふ)ルーシー・ハリス役には、前回から引き続いての笹本玲奈と、元宝塚歌劇団雪組トップ娘役の真彩希帆。ジキル博士の婚約者として彼を一途に信じ続けるエマ・カル―役に、DreamやE-girlsの元メンバーであるDream Amiと、元乃木坂46初代キャプテンの桜井玲香が。ジキル博士の親友でありストーリーテラーを担うジョン・アターソン役には、『レ・ミゼラブル』など数多くのミュージカルに出演してきた石井一考と、『リトルマーメイド』の日本オリジナルキャストを務めた上川一哉。それぞれがダブルキャストであり、多くが新しいというのも楽しみの一つだ。
初日ルーシー役の笹本は、石丸と同じく4度目の『ジキル&ハイド』となる。13歳でミュージカル『ピーター・パン』で5代目主演の座を射止め、149公演を務めるといった記録を残している。直近では柿澤勇人とのミュージカル『東京ラブストーリー』の主演などミュージカル女優として活躍。『ジキル&ハイド』ではエマ・カル―役も経験し、石丸とのデュエットは安定した魅力がある。特にハイド氏と化した石丸と、危険な愛欲に導かれる様を歌う『罪な遊戯』では、娼婦(しょうふ)という職業を越え女性としての心の揺れをたおやかに表している。
一方、初日のエマ役Dream Amiはグランドミュージカル初主演だ。女性ダンス&ボーカルグループのメンバーとして活躍。ソロになってからは、テレビドラマから舞台まで音楽活動以外にも活動の幅を広げている。物語の前半に奏でられる、善意のジキル博士とエマとのデュエットは初々しさがほほえましいが、その初々しさは後半、ジキル博士の様子に心を砕いて歌うエマとルーシーのデュエット『その目』で、タイプの違うルーシーとの対比を浮き彫りにするのに役立っている。
10年間の集大成となる本作の稽古について石丸は、「過去10年のアルバムを繰るような思いになるのかと思って臨みましたが、実際は、今回はこうしよう、といった新たなチャレンジが噴出。加えて、『ハリー・ポッターと呪いの子』に出演しながらの稽古でしたので、自分への課題をクリアするのに精いっぱい。まだまだ感慨に浸る余裕はないようです」とコメント。石丸にとって4度目にして最後の上演ではあるが、 再演とはいえ“再演”ではないのだ。一度観た方にはぜひ、違いを見つける楽しみを味わっていただきたい。
【公演情報】
ミュージカル『ジキル&ハイド』
●東京公演
2023年3月11日(土)~28日(火)
会場:東京国際フォーラム ホールC
●愛知公演
2023年4月8日(土)、9日(日)
会場:愛知県芸術劇場 大ホール
●山形公演
2023年4月15日(土)、16日(日)
会場:やまぎん県民ホール
●大阪公演
2023年4月20日(木)~23日(日)
会場:梅田芸術劇場メインホール
<キャスト>
ヘンリー・ジキル/エドワード・ハイド(ダブルキャスト): 石丸幹二、柿澤勇人
ルーシー・ハリス(ダブルキャスト):笹本玲奈、真彩希帆
エマ・カル―(ダブルキャスト):Dream Ami 、桜井玲香
ジョン・アターソン(ダブルキャスト): 石井一孝、上川一哉
サイモン・ストライド:畠中洋
執事プール:佐藤誓
ダンヴァース・カル―卿:栗原英雄
ほか
<スタッフ>
原作:R.L.スティーヴンソン
音楽:フランク・ワイルドホーン
脚本・詞:レスリー・ブリカッス
演出:山田和也
上演台本・詞:髙平哲郎
音楽監督:甲斐正人
美術:大田創
照明:高見和義
衣装:小峰リリー
ヘアメイク:林みゆき
声楽指導:ちあきしん
振付:広崎うらん
殺陣:渥美博
音響:山本浩一
指揮:塩田明弘、田尻真高
舞台監督:中村貴彦
演出助手:郷田拓実、小川美也子
プロデューサー:今村眞治(東宝)、 鵜野悠大郎(ホリプロ)