若き定岡正二の人気はアイドル超えだった?「テレビのルールを変えた」「ファンが自宅に観光バスで来る」伝説のエピソードを披露
2024.11.13 10:4511月11日放送の『しゃべくり007』に、“巨人OB三兄弟”こと定岡正二、宮本和知、長嶋一茂の3人が生出演。『今では考えられない昭和の野球SP』と題して、3人が現役時代の野球について熱く語った。
長嶋に続いて、定岡の現役時代が紹介された。用意された野球マガジンの『高校時代からアイドル!定岡vs原辰徳が変えた“テレビのルール”』という文を見て、定岡は高校野球で活躍した当時を振り返った。
当時高校1年だった原辰徳がいた東海大相模と高校3年だった定岡を擁する鹿児島実業の試合は、延長15回まで続いた。その頃はNHKの放送が19時までだったため試合の中継は途中で終わったが、NHKには「甲子園の延長を見せろ」という電話が殺到し、それ以降教育テレビで延長試合を放送するようになったという。このエピソードを聞いたしゃべくりメンバーたちは、「そうなんだ」「すごい」と大盛り上がり。定岡は、「何かうれしいな、こんなことで」といいながら満面の笑みを浮かべた。
そんな定岡は、その甘いルックスで当時アイドル以上の人気を博していた。“定岡正二伝説”と題して、その人気っぷりを証明する5つの伝説が披露された。1つ目は、『甲子園の後、地元の駅前に1万人超の出迎え』というもの。また、2つ目は、『“鹿児島県 定岡正二様”という宛名だけで手紙が届く』というもの。3つ目は『24時間自宅の電話が鳴り止まないため、座布団を5、6枚被せて音を小さくした』というものである。驚くしゃべくりメンバーたちに、定岡は「漫画だよ、漫画漫画」と当時の人気のすごさを語った。
他にも、4つ目の伝説として定岡は『ファンが自宅に観光バスで来る』というエピソードも明かした。今ではありえないようなエピソードの数々に、スタジオからは驚きの声が上がる。長嶋は、「当時ね、住所とか全部開示されてたから。個人情報(保護法)がないからね」とそれらの理由を説明した。
当時、定岡は鹿児島実業高校のエースであり、高校も県勢初4強入りしたため名実共に鹿児島のスターであった。
定岡は、5つ目の伝説として、「その頃九州からまだ新幹線ないんですから、駅駅で福岡から行くたびにファンが拍手して」と話し、「最後西鹿児島駅で人を見た時に、“野球やってきて良かったな”と思いました」とファンへの感謝を口にした。
また、1975年、定岡が読売ジャイアンツに入団した当時は、あまりの人気で、新しく橋ができたという。定岡は「駐車場から後楽園球場に行くまで、ファンの方ともみくちゃにされて、人が多すぎて、陸橋みたいに上に橋ができたの」と説明した。堀内は、「あの橋!?水道橋からドームに行く橋」と全く見当違いの橋を引き合いに出して、定岡に「違う違う!」と突っ込まれる。しゃべくりメンバーはすかさず「水道橋ですよね?」「日本橋ですか!?」と畳みかけ、定岡はヤケクソになって「俺だ、俺が作ったんだ!」といい、スタジオは大爆笑だった。
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